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2014年06月20日

忘れちゃいけない3.11 被災地保育園の視察と写真

あのすさまじい状況を報道で知り、子どもたちの命を預かる私たちも「脅威」を感じました。
もし、同じ事が起こったら…海から直線で約3キロほどの当園の子どもたちをどのように避難させたら良いだろう。会議を重ね、避難経路・備蓄準備・手順など決めました。でもやはり一番は現場を見る事だと思いました。

実際に被災した保育園に視察をさせて頂き、当時の状況から当園に即した避難の形を作り上げなければ!!と、誓いました。

当園と地形や立地条件が酷似しており、実際に話を聞くならここだ!と思い直談判し、今回、視察を受け入れてもらいました。

被災地に入っての印象

photo01視察の保育園に行く間、たくさんの仮設住宅が多く立ち並んでいました。
視察先の保育園は、プレハブの様な建物で、一見するとのんびりしている印象でした。

当時の状況

視察先の園長の話によると、震災当日は、丁度お昼寝から起こそうとしていた。東北には近いうちに大きな地震が来ると、ずっと言われていたので普段から枕元に袋に入れたシューズを常備していた。
日頃から震災を想定した訓練や、準備をしていたが正に想定外の地震の規模であったため、とにかく園庭へ避難する事を最優先した。パジャマで寝ていたが日頃から防寒着を取りやすい所に置いておき、ビニールに詰め込んで園庭へ避難。園庭にブルーシートを広げて子どもたちを囲い、その中にジャンバーを投げ込んで寒さから守った。

津波が来る!の知らせ

津波が来る!との知らせが役場から入り700mほど離れた中学校に避難。
地震から20分ほどしてから津波の兆候が始まり、激しい引き潮が終わったと思ったら津波が来た。
中学校に避難したが、2階の天井まで浸水した。3階から津波に町が飲み込まれる様子を眺める事になった。
視察先の園長も津波に自宅を飲み込まれ、仮設住宅での生活を余儀なくされた。震災の2年後、お父様が亡くなられたそうだ。震災の影響は、直接的な被害によるものだけではなく、その後も続いている。

課題

被災した保育園によると、下記のような問題が起こったようです。当園でもあてはまる問題ですので、当園の課題としても掲載しておきます。

  • 車は渋滞しており、自転車で避難しようとする人も居たが、鍵がかかっていて動かない。
  • 子どもに、警戒音・サイレン=危険な音である、という認識を持たせる。
  • 避難先を決めておく。
  • パニックになっていて名簿を持って行く事を忘れていた。
  • 実際には様々な想定をしながらの避難は出来ない。

震災後の改善点

  • 避難経路を歩数で図り、より早く逃げられる色々なパターンでルートを確認した。
  • 地域全体での避難訓練を行うようにした。
  • 臨時・パート職員だけしか居ない時には、誰が指示するのか?そういった場合を想定した訓練を行う。
  • 避難訓練の時間を問わず突発的に行う。職員にも子どもにも知らせずに行う(3分で逃げなくてもいいから、30分かかっても実りある訓練をした方が良い!)
  • 職員が全員を把握する。担任以外が子どもの事を理解しておく。 名簿を持って逃げる事を忘れるので、緊急連絡先のみをラミネートして防災バックに入れておく。

体験したからこそ生まれる改善点。当園でも改善点を再度検討し、早速避難訓練の方法や防災バックの入れ替え等を行いました。

被災地の視察を終えて

photo02

震災から3年が経過しました。私たちが視察に行った時には、津波で街全体が被害を受けたようには見えませんでした。それほど衝撃を受けなかったのも事実です。
ですが、実際に被害を受けた保育園で話を伺い、私たちの大切な子どもたちの命を守る為に、私たちが出来る事を、過去の教訓から学び実践しなければ!!と、切実に感じました。

余震に子どもたちが、怯えるそうです。でも先生達は「地震がきても、津波がきても大丈夫。また、逃げればいいんだから」そう言って励ましているそうです。
私たちであれば、「怖くないよ」「先生がついてるから大丈夫だよ」と、根拠のない励ましで宥めると思いますが、『また逃げればいいんだから』に実際に経験した人の強さを感じました。

今回の研修でたくさんの課題を持ち帰りました。当園でも、持ち帰った課題の改善策を話し合い、過去の教訓を無駄にしてはならないと思いました。

追記:ストッキングの意外な活用法

視察先の防災バックの中に、ストッキングが入っていました。
これは、子どものオムツをタオル等で代用し、それがはずれないように使ったり、怪我の際に止血バンドとして使ったりと重宝するそうです。かさばるものでもないので、早速当園の防災バックに入れました。

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